続きを書く前に、
どうしてこの記事を書こうと思ったかと言うと、
ある人に言われたんです。
「記事書いたってねー、たいしてだーれも読んでないし、覚えてないし。そんなもんだから、自分の想いを書いたらいいよ」って。
なんか自分のこと書くのって、
気恥ずかしいし、意味あるのかなって
思ってたけど、
書くことでまた気付くこともあったり。
なので、
今の気持ちを整理する意味もあって書いています。
後は、
初心の気持ちを忘れないように、
備忘録として。
で、以下続きに、、、
私にとって、
36歳の頃を一文字で表すなら、
「耐」。
そういえば、
女性の厄年って、
この年齢だったっけ。。
数え歳いくなら、
もうちょっと前から、
ジワリジワリと
いろんなことが
押し寄せてきてたんだろうな。
出産に関しても、
次女を産んでから10年近く
経っていて。
上ふたりの時は無痛分娩だったけど、
何を思ったか、
「自然分娩でいきます!」
不安だらけなのに、
またこういうことを言うのよね。
でも、
出産の時は、家族全員立ち会ってくれて、
見守られながら生まれてきた息子。
自分がまさか3人の子の母になるなんて
思ってもみなかった。
人生って、本当にわからない。
予測がつかない、
そんなもの。
一つ一つ起こったことに向き合って、
柔軟な心で過ごす。
そして、
一人で解決できない時は、
助けてってお願いする。
娘が学校に行けなかった時、
親の私はなんとか行かそうとした。
保健室の先生は、休ませた方がいいって
言ったのを受け止めることができずに。
最終的にカウンセリング専門の先生も
「あなたは何も悪くないよ。もうどうでもいい!って
思えるようになるまで、来なくて大丈夫だよ」
そこで、娘も私も納得できるようになって。
だけど、
いつになったら行けるようになるのか、
本当に元の生活に戻れるのか、、
出口の見えないトンネルに入り込んでしまったような。
ずっとこのままかもしれない。
そう思うと、
不安と焦りばっかりで。
たった3ヶ月、だけど長い長い時間。
家族みんなで苦しかった。
娘が学校に戻れるように、
周りの人にいろんなお願いをして、
助けてもらって、
そして、学校カウンセラーに言われた通り、
「もう、どうでもいいわ」って気持ちになって。
学年が上がった新学期、ようやく登校できた。
それまでの何事もなかったように、
すーーっと。
あれから10年。
あんなに行くのが怖かった小学校で
働いてる娘。先生ではないけど。
やっぱり学校が好きって。。
これまた不思議なご縁。
先々って、何が起こるかわからないけど、
だんだん私も動揺しなくなってきた。
良いと思われることも
悪いと思われることも、
ぜーんぶ、「縁」で繋がってるのかな。
そして
まーるく「円」になってるのかもしれない。
厄年だったけど、
いろんなこと学べて、
こうして元気で生きていられて、
それだけで幸せ。
出産が「厄落とし」になったかも。
それにしても、
40歳に向かって、着々と時間は進む。
幸せはいいけど、
再び始まった育児。
歳とともに減っていく体力、気力。。
さあ、
仕事どないしていく?
メキメキ自信無くしていく私。。